INTERVIEW

工房をたずねて:東京・藍染工房 壺草苑

2024年7月20日(土)~21日(日)の2日間、コクヨ東京品川オフィス「THE CAMPUS」で開催されるPASS THE BATON MARKET。今夏の2階COREでは、約1000点ものTシャツが集まるNEW ‘T’ OWN CLUBを展開します。リメイクも楽しめる本コーナーの目玉は、初出展の「藍染工房 壺草苑(こそうえん)」。東京都青梅市に構える工房にPASS THE BATON スタッフが赴き、藍染の世界に触れてきました。




目次


  1. ・知られざる、「東京の藍染工房」

  1. ・青梅の織物の歴史をひもとけば

  1. ・職人技が光る、天然藍灰汁醗酵建て

  1. ・希少な原料「すくも」と壺草苑の矜持

  1. ・天然藍だからなせる、意外な魅力

  1. ・「永く大切に使う」ために、藍染という選択肢を

  1. ・4代目がカジュアルウェアを手掛けるワケ

    知られざる「東京の藍染工房」

    今年の猛暑がまだ身を潜めていた5月某日。新宿から1時間ほど電車で揺られて、青梅駅に辿り着きます。緑豊かな街並みを眺めつつ、駅から車で20分程進んだ場所にあわられるのが藍染工房 壺草苑です。到着してすぐに目に入るのは、大きな染窯が並んだ工房と風にゆらめく藍色の染物たち。道路沿いに突如現れる古き良き風景に、足を踏み入れます。



    今回スタッフを案内してくれたのは、工房長の村田徳行さん、壺草苑の母体である村田染工株式会社の4代目社長・村田敏行さん、そしてブランド事業部の高橋さんの3名。まずは藍染工房 壺草苑について、教えていただきました。



    壺草苑は、日本で数少ない天然染料のみにこだわった染色工房です。母体となる村田染工株式会社は大正8年の創業ですが、平成元年に3代目の徳行さんが藍染や草木染めなど天然染料に絞って製造をはじめ、藍染工房 壺草苑を立ち上げたそう。現在では、依頼を受けて布地を染め上げるOEM事業だけではなく、より現代的に藍染を楽しめるアパレルブランドも展開しています。



    藍染というと、藍の生産地として知られる徳島などのイメージが強く、東京にも藍染工房があることはなかなか知られていません。これまでの経緯を徳行さんに伺うと、東京・青梅の織物産業の歴史が垣間見えてきました。


      青梅の織物の歴史をひもとけば

      工房を構える青梅市は、古くは有名な織物の街。鎌倉時代から栄えていましたが、人気に火が付いたのは戦乱が終わり、町民が裕福になった江戸時代からとのこと。贅沢な絹織物の着用を政令で禁止していた江戸時代に、青梅では綿糸に藍で染められた絹糸を混ぜて織り込んだ「青梅嶋」を製造します。一見絹には見えないものの、絹糸による着心地の良さや藍の色合いが人々の心を掴みました。



      さらに、他の織物産地よりも江戸に近い青梅は、1日で行ける貴重な買い付け場所でした。そのため越後屋や白木屋で多数取り扱われ、日本中に「青梅嶋」旋風が巻き起こったそう。「すっきりしていて着心地がいいということで、歌舞伎役者や江戸城に努める女中さんとかもこぞって着るように。歌舞伎役者東海道五十三次の弥二さん喜多さんも着ていたと言われています。」と徳行さんは語ります。



      明治時代には合成藍を用いた粗悪品が台頭し、青梅嶋は途絶えてしまいます。それでも織物の産地として青梅は発展を続け、戦後の“ガチャンと機織りが動けば万単位で儲かる”といわれた「ガチャマン景気」では、100件もの織物工場が軒を連ねていたそう。村田染工は、織物の染色を一手に担っていました。徳行さんは「僕が小学生の頃は、もう朝6時くらいからガチャガチャ音がしていましてね」と当時を振り返ります。



      ただ、オイルショックをきっかけに、時代の変遷とともに織物産業は廃れていき、閉業する工場が増加。そんな渦中の平成元年に、当時の村田染工の社長であり徳行さんの兄・博さんと徳行さんが一念発起し青梅嶋を蘇らせようと立ち上がります。10年を要して、ついに青梅嶋の再現に成功。これをきっかけに従来の化学染料をやめて昔からの染色法に立ち返り、現在の天然染料にこだわる村田染工へ。そして、その一部門として「藍染工房 壺草苑」が開苑したのです。



      工房裏の小屋には、徳行さんによって書かれた青梅の織物産業年表が。壺草苑の工房長として、天然藍染を守り続けてきた徳行さん。織物産業の時の流れと、徳行さんの尽きることない情熱を感じる一枚です。


        職人技が光る、天然藍灰汁醗酵建て

        壺草苑と青梅の織物産業の歴史について伺ったあとは、こだわりの天然染料の作り方を工房を巡りながら教えていただきました。 天然の藍染は、「すくも」という植物を発酵させた原料で作った染料を使います。すくもから染料を作ることを「藍を建てる」と呼びますが、この建てる作業が至難の業。個装苑では、江戸時代からの伝統的な技法「天然藍灰汁醗酵建て」で藍を建てます。すくもに広葉樹の灰を溶かした灰汁や石灰を加えてph値を調整し、藍窯という大きな窯に入れて30~32℃の低温を保ちます。そして毎日朝と夕方に攪拌し、日本酒などの栄養を与えることでぶくぶくと発酵がはじまり、10日間ほどかけてようやく藍が完成するのです。



        ただ、時間をかけて建てても些細な雑菌や温度の加減で苦労して建てた藍が腐敗してしまい、使えなくなってしまうことも。少しでも腐敗していたら、その窯の藍は全て廃棄しなければならないそう。そのため、毎朝3時半に徳行さんが工房に来て、各窯の藍を全て攪拌し、においや味、混ぜた時の音や粘りをみて状態をチェックします。「善し悪しがわかるようになるのは結構かかります。毎日管理して、今日は休ませた方が良さそう、こっちは調子がいいな、これはお腹が空いてるなとかわかっていくんです。」天然藍灰汁醗酵建ての難しさを知るとともに、徳行さんの言葉の端々には、藍への深い愛情が見て取れました。



        腐敗して使えなくなってしまった藍や衰えた藍は、壺草苑ではそのまま土に捲いています。すべて天然物で作られているからこそ、川に流しても土に戻しても問題なし。さらに、石灰が入っているので土壌はより豊かになります。天然藍は完全循環型のサステナブルな染料なのです。



        ちなみに、壺草苑では藍染め以外に梅などさまざまな天然原料での草木染めを行っていますが、そこで色を出し切った枝などは、釉薬の原料として陶芸家さんに譲ることもあるそう。こだわりを持つ者同士の、ものづくりのバトンが垣間見えます。


          希少な原料「すくも」と壺草苑の矜持

          すくもを入手するのも簡単ではありません。壺草苑では、日本最高品質の徳島県産すくもを使用。徳島のすくもは、その堅牢度の高さと色持ちの良さで江戸時代から阿波藍と呼ばれブランド化されています。すべて手作業の製造技術は、国指定の選定保存技術に認定されました。化学染料の台頭で生産は衰退していき、現在は5軒の藍師が国内のすくものほとんどを製造しています。



          生産できる量も限られているため、各地の染色工房や作家が阿波藍の入手に苦労するんだとか。毎年製造されるおおよそ800俵中60俵ほどを壺草苑が買い付けますが、着物だけではなくカジュアルウェアも染色する工房としては日本で一番の量を買い付けているそう。 壺草苑の開演前に徳島県の藍師のもとで修業した徳行さんの縁と、嘘偽りのない天然染料のみという積み重ねてきた信頼があってこそ。長期的な購入を可能にしている裏には、そんな徳行さんをはじめとする壺草苑の誠実な姿勢があると高橋さんは教えてくれました。



          開苑時から変わらない清潔な工房も、壺草苑の天然へのこだわりを物語っています。化学染料を混ぜて染めていれば、ここまできれいな工房は維持できません。全てオープンに作業場を公開している工房は、壺草苑の矜持の表れだと言えます。


            天然藍だからなせる、意外な魅力

            貴重なすくもと職人の手間暇で建てられた天然の藍は、メジャーな化学染料とどう違うのでしょうか。敏行さんは、自分も村田染工を継いだ時に天然藍のすごさを知って驚いたと語りました。



            「天然染料と化学染料では、まず色がまったく違います。照り感や奥行など唯一無二のブルーは、天然の藍でしか表現できません。それだけじゃないのが天然藍のすごいところで、染めることによる沢山のいいところがあるんですよ。」 「藍染もジーンズのように、他のものと一緒に洗うと色うつりするイメージを持たれているかもしれません。しかし天然藍は高い堅牢度(染料が繊維に定着する力)を誇るため、白いものと洗っても心配なし。そして、抗菌効果もあるんです。昔お侍さんが着ていた褐色(読み:かちいろ)は、藍染をすごく濃く染めたものを指し、天然藍の抗菌作用で斬られても膿みにくいためよく着られていたと言います。さらにUV効果や、繊維を頑丈にする効果も持っていたり。機能性を追求した化学染料よりも、天然染料の方がそういった面でも優れているというのはまだ知られていない意外性のある魅力なんじゃないでしょうか」。



            古くからの藍染をはじめとする草木染めは、食べて効能を発揮するもので服を染め上げることで身体を守ろうとする考え方のもとにあったと伝えられています。グローブなどのスパイスは身体に良いとして食されていますが、スパイスも古くからの草木染めの原料です。すくもの葉っぱに関しても、整腸作用があると言われていました。そんな先人の知恵から生まれた藍をはじめとする天然染料での染色を、壺草苑は見つめ直して守り継いできたのです。


              永く大切に使うために、藍染という選択肢を

              いよいよ藍染体験に。壺草苑では、予約をすれば工房での藍染体験が可能です。豊富な柄の中から好みの染め方を選び、レクチャーがはじまりました。



              布地を水に浸したら、藍液に浸け込みます。ある程度浸け込んだらきつく絞り、余分な藍液を落として物干し竿へ。10分程空気に触れさせたら、また浸け込む作業に戻り、回数を重ねていきます。これだけ見ると簡単そうに思われるかもしれませんが、これを手作業で行うのはとてもきつく、あっという間にへとへとに。濃い色の場合、漬けこむ作業を10回も重ねるそうで、あの吸い込まれるような深い藍色は途方もない作業の奥にあるのかと驚きます。



              「毎日藍のお世話をする難しさはもちろん、染める工程も大変な作業です。しゃがんで藍に浸け込んで、ぎゅっと絞って空気に触れさせ、また浸け込んで……の繰り返し。大きい生地の染色だと2人がかりで絞ることもあります。全行程が手作業のため、藍染って全体的に体力勝負ですよ。」と敏行さん。



              外にずらりと干されていた藍染は、紫外線にあてて余分な色味を取っている最中とのこと。流れるようなグラデーションも、人の手で作られています。最初に足を踏み入れた時にはきれいだとばかり感じていましたが、それを染め上げる工程を知るとまた見え方が変わります。「それだけ手間もコストもかけて作っているものを無駄にはしたくない。仮に色褪せしてきたらまた上から染め直しすれば色もきれいに戻り、より強くなる。ひとつのものを永く大切に使うという考え方には、藍染はマッチしているという確信を持っています。」




                4代目がカジュアルウェアを手掛けるワケ

                敏行さんは、5年前に村田染工の4代目を引き継ぎました。それから、ヨーロッパヴィンテージを藍染にして新たな光を当てた「Ritinto」シリーズや国内外ブランドとのコラボなど、カジュアルに楽しめる藍染アイテムを続々とリリースしています。25SSから海外・国内に発信する新たなターゲットにむけた新ブランドŌMEをリリース予定です。藍染と言えば着物のイメージが強いなか、現代の生活に寄り添う藍染商品を生み出している裏には、ある出来事がありました。
                「駅の構内から見える場所でポップアップをやったことがありました。その時に、通ったばかりの改札を出てまで見に来てくれた方がいたんですよ。構内から藍染が見えたからって、わざわざ戻ってきてくれたのがすごく印象に残っていて。昔のものだから国内よりも海外展開とかなのではという考えで社長を引き継いだんですが、藍色って人を寄せ付けるんだな、日本人で藍色が嫌いな人っていないんじゃないかなというイメージに変わりました。そこから、日常に取り入れやすい今の人たちに届く藍染商品をつくりはじめました。まだ藍染を知らない人にも、手に取っていただけたら嬉しいです。」



                実際に自分で染めてみたTシャツを着てみると、つるっとした肌触りが爽快で、すぐにお気に入りに。奥深い藍色の先にある職人さんの手仕事や、サステナブルな天然藍について教えていただいたからこそ、壺草苑の藍染を纏うといつもより胸を張って街を歩ける気がします。永くお洋服を愛するために、愛のこもった藍染を。PASS THE BATON MARKETのブースには、職人さんが直接藍染のオーダーを受けてくれます。ぜひこの機会に、藍染の世界に触れてみてください。



                藍染工房 壺草苑(村田染工株式会社) 左から、村田敏行さん、村田徳行さん、髙橋晋之介さん
                ●村田徳行(藍染工房 壺草苑 工房長)
                1987年に徳島の藍師・新居修氏の元で1年間蒅作りを修行したのち、1989年青梅に「藍染工房 壺草苑」を開く。ドイツでの個展やニューヨーク近代美術館のミュージアムショップにてストールの販売など、国内外で活躍。藍染めのことならなんでも答えられます!
                ●村田敏行
                人材会社においてRPO新規事業の営業・運用マネージャーに従事。その後、小売業でのノウハウを取得するために宝石通販会社で就業。2019年に村田染工株式会社入社、同年 同社の代表取締役に就任。工房に真っ白な秋田犬がいます!ぜひ、見に来てください!
                ●髙橋晋之介
                インポートアパレル輸入販売代理店にて、商品部・マーケテイング部部長としてブランド事業戦略や、海外ブランドとの日本企画、セレクト事業のバイイングに従事。2023年10月より、村田染工㈱の新規事業ブランド事業部に参画。主に海外インポートビジネス、海外・国内発信する新規藍染ブランドの立上げのブランド事業運営に従事。洋服のことならなんでも聞いてください!
                PASS THE BATON MARKET vol.16 開催概要

                【日時】 2024年7月20日(土)〜21日(日) 11:00〜19:00(最終日は18時終了)
                ※最終入場は終了時間30分前まで/雨天決行
                【住所】 東京都港区港南1-8-35
                【お申込み】
                ①特別前売り券:500円
                ②当日券:通常当日券300円、オウエン入場料:500円、1,000円
                寄付ができる3パターンの入場料をご用意いたします。
                ※小学生以下無料
                ※寄付金は能登半島地震の被災地に対するPASS THE BATONなりの支援のカタチを考えました。
                詳しくはこちらをご確認ください。
                【URL】 https://market.pass-the-baton.com/event/vol-16/
                【主催】 PASS THE BATON
                【共催】 コクヨ株式会社
                【運営】 株式会社スマイルズ
                ※入場までにお時間をいただく場合があります。
                ※最終入場は終了時間30分前まで/雨天決行
                ※社会情勢を鑑み、上記の情報は変更の可能性がございます。

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