Interview

写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと

柴田元幸氏(日本語字幕翻訳)スペシャル対談



12月5日(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開された映画、『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』、独特の作品性で晩年にふたたび脚光を浴びた‘ソール・ライター’のマイペースでつかみどころのないキャラクターは不思議と人を惹きつけます。
今回、日本語字幕翻訳を担当された柴田元幸さんと「ソール・ライター」像に迫ります。
実際のライターとはどんなアーティスト、人物だったのでしょうか?
(対談:遠山正道(PASS THE BATON代表))

遠山正道(以下 T):本日は、よろしくお願いいたします。翻訳を担当された柴田先生と、映画を拝見させていただいた私とで、それぞれが感じた「ソール・ライター」像をお話できればと思います。私は写真に関しては素人なので、ちょっとトンチンカンな見解かもしれませんが・・・。
柴田元幸氏(以下 S):僕も写真に関しては素人です(笑)。
T:早速、感じたことを先にお話させていただきますね。 3つ感じたことがありまして、1つ目は、ソール・ライターを見ていて、私は‘アレクサンダー・カルダー’のサーカスという作品を思い出しました。風貌もちょっと似ていて、自分でつくって自分で楽しむっていうような、外に見せるというよりも自分で完結している人という印象でした。2つ目に、ライターの写真を見ていると、シャイな方なのかなと、目線がいつも隙間からだったり、ガラス越しだったり、後姿だったり…、もちろん第一線でモデルとのやり取りなんかもあったんでしょうけど、スタジオの中でないときはそういう臆病な目線というか、そういうのがあったのではないかな、と。3つ目は構図がポスターっぽくて、50年代後半から60年代くらいなので、ロカビリーの世界からモダニズムにちょうど変換するくらいで、ムダをなくしてすっきりした、いかにもデザインぽい、1枚で壁に貼っておけるような文字の入り方が気になりました。
S:僕はライターの写真から、僕が一番好きな写真家の‘ウォーカー・エヴァンズ’の撮り方に通ずるものを感じます。エヴァンズもライターも、人工物や記号を撮っても、その記号性のようなものが強調されないというか、そういうものの物質性自体がしっかり伝わってくる、という印象があります。
T:確かに、人を撮っているのか、何を撮っているのかわからなくて、構築的なものが好きなように見えますよね。モダンなコンポジションのような感じで、そういうのが、すごくデザインぽいと言うか…。
S:不思議なのは、窓越しに撮ったり隙間から撮ったり、いろんな仕掛けがあるんですが、その仕掛けがあざとく見えないことです。なぜそうなのか。僕にはわからないです。たとえばこれなんか、床屋の鏡に映って鏡像が分身みたいにみえる、ギミックぽい撮り方なのですが、これがなぜ、ギミッキーな感じにならないのか。謎です。(『Haircut』画像参照)



© Saul Leiter Foundation/Courtesy Howard Greenberg Gallery.

T:これも、さきほど言ったシャイな感じが出ているというか、何かを通して、という撮り方ですよね。
S:一種の「のぞき見的」な位置関係で撮っているわけなんですが、それが陰鬱だったり、エロティックな感じがしない。簡単に言うと「いやらしくない」。それも不思議ですね。
T:その感じ方が私にとっては、すごくデザイン的に見えるというか、渇いているというか割り切っている感じというか…。普通カメラマンというのは、相手の感情を引き出して、見えないものを撮るんだ、みたいなやり取りがあると思うんですが、そういう感じはしないですよね。
S:どこかにフォーカスがある写真というのではないんですよね、構図的にも。ウジェーヌ・アジェのように、人がぜんぜんいない街をひたすら撮るとかでもないですし、とにかくこの中でこれだけのものが見えますという風に、何も特権化せずに「ポン」と提示している感じがするのが、すごく新鮮です。
T:ちょうどこの時代、ジャクソン・ポロックが中心のない画を描いたような、そんな感覚ですかね。
S:そうですね、ただジャクソン・ポロックの場合は、彼のエゴが満載のような感じですけど、ライターの場合はそういうのはないですね。
T:当時、ジャクソン・ポロックが中心のない画を描いた、というのがあれだけ衝撃的だったということは、それまでは本当に主題がハッキリしていたという事ですよね。
S:普通は良い芸術というのは、ある種の過剰さを抱えていて、その過剰さが常識を破る、その解放感があったりするのですが、ライターの写真にはそういう過剰な感じはありません。それなりにギミックも使っていて構図もデザインとしてキレイで、でもいわゆる耽美的というほどキレイさを追求しているわけでもなく、『Mondrian Worker』みたいにユーモアもあったりして、構図に「へそ」がないのと同じで、撮り方にしてもテーマにしても「へそ」がないですね。これがコアだと言えるような要素がない。(『Mondrian Worker』画像参照)



© Saul Leiter Foundation/Courtesy Howard Greenberg Gallery.

T:でも、ソール・ライターらしさはありますよね。
S:それはあります。雨が流れているガラス越しに撮っているものなんかの、「あ、この感じは」という感じですよね。映画の中では、監督が実写でその雰囲気をよく捉えて再現していて、それがソール・ライターへのオマージュになっていると思います。

T:カメラ自体が出来たのは、意外と最近のことなんでしょうか?
S:アメリカでは南北戦争ですでに写真が報道のメディアになっています。ただ、それを印刷する技術がなかったので、それをまた誰かが絵に描き直したりしていたんですよね。でもとにかく19世紀の後半にはメディアとしてありましたね。
T:そうですか。この時代はカラ―が出てきたころですかね?カラーは高価だったのに主体がはっきりしないものを撮っているなんて…。
S:しかも、カラーは高いけれど、当時は誰もアートだとは思わなかった。そこが映画とかなり違うところですよね。映画はどんどんカラ―に移っていきましたが、写真に関しては「芸術は白黒だ」という概念がずっとあったみたいです。
T:そうですね。
S:ライターも、この手のカラ―写真は発表するつもりもなく撮っています。生業はファッション写真だったから。誰に依頼されたわけでもなく、発表の予定もなく撮り続けていた。
T:クライアント仕事ではないってことですよね。だから、主題がなくて良いと。
S:そう、なくて良いんですよね。本当に撮りたいように撮ったら、こうなったと。 何の使命感もここからは見えてこない。この人から何かのメッセージも受け取らなくて良い、というのが、僕から見るとすごくさわやかです。
T:アートならアートで、そのコンテクストがどうのこうのとなりますもんね。
S:そうですね。



T:ライターは、当時、生活とか自分で満足できる環境や精神状態にあって、社会から評価を得る必要がなくて、本当に好きなことだけ純粋にしていたんですかね。
S:どうでしょうかねえ…。
T:社会を毛嫌いしている感じではないですよね。
S:社会の中心にいなかったことは間違いないんだけど、社会に対してすごく批判的な目を向けていたとか、そういう事でもなく、本当にただ、そこら辺にいたっていう感じです。
T:偏屈ではないですよね。
S:周辺にいて中心を鋭く斬り返すみたいな、そういうことが芸術家としての英雄的な姿勢だったり、アウトローっぽい気取りだったり、なんかこう自負みたいなものがどうしても生じると思うんですが、ライターの場合は、満ち足りた思いでいたかどうかはわからないですが、そういうのはないですよね。
T:私の中で、‘アレクサンダー・カルダー’もモビールを発明したり大作家なのに、田舎に引っ込んで、針金で自分でおもちゃをつくって、自分で楽しんでいる力の抜けた感じが、ライターと重なるんですよね。
S:カルダーは、新しいことをやっているという視線が、自分のところに飛んでくるというのはわかってやっている気がするんですよね。
T:おもちゃづくりをしていても、それが作品になるという事を自覚しながらやってはいますよね。
S:ソール・ライターはそういうのはないです。
T:今で言う「引きこもり」みたいな感じですかね。
S:映画の中では、自分で「知り合いもいたし、そんなに引きこもっていたわけではないんだよ。」っていうような事は、言っています。なので、ひとつの立場を徹底して貫いた、という感じはしないですね。
T:晩年、シュタイデル社から写真集を出したりした時はどう思っていたんですかね?
S:僕も映画の中の彼しか知らないので、新しい情報が提供できるわけではないのですが、売れたことをそれなりにありがたく思いつつも、そこから派生して飛んでくる世間の視線とかは面倒くさいなと思っているという印象を受けます。新たに得た名声を、そんなに本気で受け止めていない感じなのですが、それがシニカルな感じにならないのが、またこの人の不思議なところで…。
T:映画自体、まだ公開前ですが前評判が高いですよね。世間の皆さんで元々‘ソール・ライター’を知っている人も多いのですかね?
S:僕の周りにも、ライターの写真集『Early Color』を持っているという人も多いので、やはり知っている人は知っていますね。知る人ぞ知るという感じです。
T:皆さんに、映画を観て、それぞれのライター像を見つけてみてほしいですね。


『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』 
監督:トーマス・リーチ
カラー写真の草分け的存在だったにも関わらず、名声に無頓着な性格ゆえ、殆どその存在が知られていなかったソール・ライター。NYで猫と暮らす老写真家が、自分自身のやり方で淡々と写真を撮り続けた人生を静かに語る…。そんなソール・ライターの人柄に触れるドキュメンタリー。翻訳家の柴田元幸氏による日本語字幕。
http://saulleiter-movie.com/


『シアター・イメージフォーラム“Art and Cinemaシリーズ”』スペシャル企画



『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
の出品物はコチラ↓



ソール・ライターのフィルムが入っていた旧式のフィルム缶




STEIDL展 記念ポスター 4set

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