平林奈緒美さんインタビュー

「今までも、これからも。私がずっと好きなもの」



「YAECA」や「ARTS&SCIENCE」「beautiful people」のロゴ、サカナクションのアートワークや、以前は雑誌『GINZA』のアートディレクションなど、幅広い分野で活躍されている平林奈緒美さん。PASS THE BATONではこれまでおよそ200点のお品物をお預かりしてきましたが、平林さんが選ばれる品物にはどれも個性的かつストイックな審美眼が感じられ、毎回販売開始と同時に争奪戦が繰り広げられてきました。
今回もまた300点を超える品物をご出品いただきましたが、そこにはどんなストーリーや思いが隠れているのでしょうか。PASS THE BATONをきっかけに生まれたという出会いについてもお伺いしました。


 平林奈緒美を語るための、いくつかのキーワード
 「Industrial Products」「British」「Basic」……


―前回出品していただいてから約2年が経ちました。今回もまた300点を超える出品物をお持ちいただきましたが、少し前にお引越しをされたとのことで、その際にモノを整理されたことが今回のご出品のきっかけになったのでしょうか。


平林奈緒美(以下「平林」):それも少しありますが、どちらかと言うと、新しいものを買ったことによって“押し出された”という感じでしょうか。蚤の市などで古いモノを買うことも多いのですが、ああいった場所では、少し躊躇したり迷ったりしているうちに良いなと思ったものが売れてしまうことがしょっちゅうあるんですね。だから衝動買いのようになってしまうことも多くて、気がつくと同じようなモノばかり増えている、というのが私の買い物パターンです。
でも、私はコレクターではないので、使わないモノはそれを必要とする人に使ってもらいたいし、いいねって言ってくれる人がいるのはシンプルに嬉しいですよね。


―平林さんの出品物を改めて見てみると、いくつかキーワードが浮かんできます。「Industrial Products」「British」「Basic」、それから「大人買い」「タイポグラフィ」なども。特に気になるのは工業製品についてなのですが、なぜそういったプロダクツに惹かれるのでしょうか。


平林:デザイナーがデザインした“デザインもの”が、もともとあまり好きではないというか…… 。身の回りにデザインを感じ過ぎてしまうと、ちょっと疲れてしまうんです。特にインテリアは生活の中でよく目に入ってくるものなので、なるべくシンプルで、必要な機能だけに絞られて作られたモノを身の回りに置きたいなと思っています。


―今回もイギリスメイドのモノをたくさんご出品いただきました。ユニオンジャックはこれまでにもたくさんお持ちいただきましたが、まだお持ちだったんですね(笑)。


平林:はい(笑)。でも実は、本当に手放したくないユニオンジャックはまだ手元に隠し持っていて、それはテーブルよりも大きいすごく貴重なものです。ユニオンジャックにもいろいろあって、私はリネンでできているMAID IN ENGLANDのモノをずっと集めてきたのですが、最近では蚤の市でもなかなか出会えなくなってきましたね。







―イギリスでは、どちらのアンティークマーケットによく行かれるのですか。


平林:ロンドンから電車で1時間弱くらいのところにあるケンプトンパークという競馬場でひらかれている蚤の市はよく覗きます。月2回くらいやっているのですが、ロンドンに住んでいた頃はよく通っていました。


―蚤の市は、パリや北欧などでも週末になるとよくひらかれていますが、平林さんがイギリスでよく蚤の市に行かれる理由はどこにあるのでしょうか。


平林:決定的なこととしては、やはり言葉ですね。パリだと言葉が通じず、手に入れたいと思ったモノが一体どういうモノで、どこからやってきたモノなのかなど、出店している人に話を聞けないのがもどかしく思ってしまうんです。


―平林さんの出品物のストーリー(※PASS THE BATONでは、すべての出品物の商品タグに、品物の解説・背景・出品者の思いなどが記載されています)を拝見していると、出品点数がすごく多いにもかかわらず、一点一点、細かなところまで記憶されていることに驚きます。それは私たちはもちろん、手に取っていただくお客さまにとっても嬉しいことで、愛着が湧く大きなきっかけになると思います。


平林:モノの背景はすごく大事ですね。買うときは絶対にいろいろ聞くようにしています。最近は、ベルリンでも蚤の市へよく行くのですが、ベルリンは小さな蚤の市がたくさんひらかれていて、そこに出店している人たちは、お店を持たず蚤の市を転々としているような個人が多いんですね。良いモノはないかな? と思いながらそういった方たちと話をしていると『あそこに倉庫があるから行ってみる?』とか『そういうモノが好きならあっちにあるかも』とか、いろいろ教えてくれたりして。そういったコミュニケーションも、蚤の市へ行く楽しみのひとつになっていますね。


―今回の出品物のなかで最も“大物”というか、一番目を引くのは4台の自転車です。ひとつひとつのパーツにこだわりオリジナルで作ったモノだとお伺いしています。


平林:そうですね。相当こだわって作ったのでなかなか手放せないでいました。イギリスの片田舎に住んでいるビルダーの方に直接連絡を取り、フレームはいちからオーダーメイドで作りました。自分の身体を採寸してそのデータを送ったり、何度もやり取りをして。そのほかのパーツもひとつひとつeBayなどで探して個人輸入したりと、完成するまでに時間も手間もかなりかかりました。それだけに思い入れも強くて、いよいよ完成品が届くという日は、FedExのお兄さんがダンボールを持って玄関から入ってくるところの写真まで撮ったりしました(笑)。


―それは確かになかなか手放せないですね。


平林:……はい。なので、あまり使っていないにもかかわらず置いたままになっていたのですが、そうやって見ているのもだんだんしんどくなってきてしまったんです。だったら、気に入ってくださる方にちゃんと乗っていただく方が良いなと。私の身長などに合わせて作っているので小さめの作りですが、サドルも特別なものですし、ぜひ細かいところまでじっくり見ていただきたいですね。














 古着屋でもアンティークショップでもない。
 PASS THE BATONは良い意味での“不用品屋さん”



平林:今日実は、絶対にお話ししようと思っていたことがありまして。少し前のことになるんですが、私の出品物を買ってくださった方と偶然お会いしたんです。武蔵野美術大学で教授をされている片山正通さんが毎回いろいろなゲストを招いて授業されているのですが、そこに呼んでいただいたときにその方がたまたま会場にいらっしゃって、授業が終わったときに話しかけてくださいました。いろいろ話をしていたら「実は僕、平林さんが出品されていたモノを買ったことがあるんです」とおっしゃるのでよくよく聞いてみると、私が一番初めに出品させていただいたときに出したマリオネットを買ってくださった方でした。


―お名前や顔写真を公開して出品していただいているからこその出会いですよね。同じような体験をされた出品者の方はほかにもいらっしゃいます。ご自分が出品された洋服を街中で偶然見かけて声をかけてみたら、やはりPASS THE BATONで買われた方で、思わず握手をしたという。


平林:そんなことがあるんですね。私はあのマリオネットにすごく思い入れがあったので、その後どういう方が買われたのかすごく気になっていたのですが、あるときハガキが届いて(※PASS THE BATONでは出品物を購入されたお客様の声を『思いのバトン』としてご出品者へお届けしています)、無事に貰われて喜んでいただけたことだけは知っていました。でも、まさかお会いするとは……。


―新しいご自宅のことを少しお伺いしても良いですか。今回もリノベーションされたとのことですが、特にこだわった箇所はありますか。


平林:前にリノベーションしたときとは、こだわる視点が明らかに変わりましたね。この歳になってようやく自分に必要なモノが見えてきて部屋もたくさんは要らないことが分かったので、以前の間取りは4LDKでしたが、今回は1LDKにしたんです。


―家のリノベーションはその家のある部分のしつらえというか記憶のようなものを残しつつ、あらたな人の手で住みやすく改装する点でPASS THE BATONのコンセプトに当てはまります。実例としては、古い町家を改築した「PASS THE BATON KYOTO GION」がまさにそれなのですが、平林さんが新築ではなく、リノベーションにこだわる理由がどんなところにありますか。


平林:まっさらの土地で何をやってもOKという状態だと、私の場合、自由すぎてしまって手に負えないというのがまずあります。ある程度縛りや条件があった方がアイデアが浮びやすい。それと、もともとあったものを良い箇所も含めてすべて壊してしまうところにも少し抵抗があります。今回の引越しでは照明も家具もすべて前の家に置いてきて、キッチンもお風呂もそのままの状態で買ってくださる方を探したのですが、良い部分、残すべき部分はどんどん引き継いでいきたいと普段から思っています。


―最近では、若い方を中心に買い物の仕方が変化して、手放すときのことを前提にした買い物が当たり前になってきているように思います。のちのち高く売れるものしか買わない、もしくはファストファッションでワンシーズンごとに入れ替えるという二極化が見て取れます。そんななかで、平林さんがお持ちのモノは軸がブレないというか、常に自分らしさを大事にされているように思います。買い物をされるとき、どんな基準で買うものを決めていらっしゃるのでしょうか。


平林:単純に“欲しいかどうか”なのですが、好きなものがもう決まってきているので、持っているものに似ていれば似ているほど買ってしまうという傾向にありますね。今回の出品物を見ていただくとわかると思うのですが、同じような黒いパンツがたくさんあります(笑)。私は車もそうなんです。同じ車をもう3回くらい乗り換えています。


―そういった“ずっと変わらない好きなもの”って、いつくらいに決まってきたのですか。


平林:だいたい30代でしょうか。20代の頃はヴィヴィアン・ウエストウッドのボンテージパンツを履いていたこともありますし、そのあと軍パンばかりを履いていた時代もありました。


―個人が不要品を売るための選択肢はかなり増えましたが、平林さんは以前からずっとPASS THE BATONにお持ちくださっています。顔写真やプロフィールを公開など特殊な面もありますが、どんなところに共感いただいているのでしょうか。


平林:さきほどお話ししたマリオネットでの体験もそうですが、やはりPASS THE BATONというお店の空間に自分のモノが並ぶのが面白いですね。アンティークショップもそれはそれで好きなんですが、海外などに行くとスリフトショップというか、新しいものと古いものがごっちゃになっているお店をたまに見かけますよね。全然テイストが違うものが並んでいたりとか。私はああいうところで宝探しをするように買い物をするのが好きなんです。PASS THE BATONにはそれと同じような空気を感じます。古着屋でもアンティークショップでもなくて、良い意味での“不用品屋さん”。今回の出品物が並びはじめたら、私も覗きに行きたいと思っています。

(取材・文:坂本亜里)



平林奈緒美さんの出品アイテム一覧はコチラ






“Still falling for them.”by Naomi Hirabayashi
PASS THE BATON LITTLE PAVILION
2018年11月22日(木)~12月2日(日)
詳細はコチラ






平林 奈緒美-Naomi Hirabayashi-
東京生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、(株)資生堂宣伝部入社。ロンドンのデザインスタジオMadeThoughtに1年間出向後、帰国。2005年よりフリーランスのアートディレクター/グラフィックデザイナー。
URL:http://www.plug-in.co.uk


Related Posts